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楽しむなら、今。—アストン・マーティンDB9試乗レポート—

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人は誰しも、幼少期・学生時代からの憧れの存在というものがあるのではないだろうか。

私には、物心ついた時から憧れ続けた1台がある。それはアストンマーティンDB9。

今回、念願の試乗が叶ったのでその印象をお伝えする。

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はじめに

V型12気筒、6リッター自然吸気エンジン。昨今のダウンサイジング化や電動化といったトレンドとは真逆の存在である。流行りの自動ブレーキやコネクテッド機能などは備わらない。ナビこそついているものの、今日においては使い物にならないと言って差し支えない代物だ。

しかし、このクルマには最新世代のクルマでは感じ得ない魅力がある。それは、数値では表すことのできない、「本物」に触れている満足感、そしてどこまでいっても余裕を感じる走りである。今回は紙幅の限り、その魅力を伝えられればと思う。

キーを捻れば、即欲しくなる。

都内某所の地下駐車場でクルマを受け取り、まずはそのロングノーズに起因する取り回しの悪さを心配した。しかしそれは杞憂であった。100mも走ると、意外にも扱いやすく、なによりもドライバーの感覚に限りなく忠実にクルマが動くことがわかった。

実際、スリーサイズは全長4,710mm×全幅1,875mm×全高1,270mmと、そこまで巨大というわけではない。都内で日常使いがさほど苦労せず出来るギリギリのサイズといったところだ。

話は前後するが、エンジンをかけるその瞬間からドライバーはこのクルマの持つ世界観に惹き込まれることだろう。イグニッションキーを捻り、インテリアパネル正面にあるエンジンスタートボタンを押すと、紳士的な、だけれども力強い反応がある。そしてメーターパネルの液晶ディスプレイに表示される「Power Beauty Soul」という表示を表れるのだ…

この演出だけで、DB9を購入する動機には十分なり得ると思うが、引き続き紹介を続けよう。

まさに英国車らしいセンスでまとめられたインテリア。

インテリアは上質という言葉が野暮になるほどの仕立てである。ダッシュボードには勿論レザーが奢られるだけではなく、ドアパネルの内側など、細かい所まで手に触れるところは全てレザーないしはアルカンターラを纏う。グローブボックスの内側までレザーで覆われていたのには驚いた。また、各種スイッチついても特筆すべき点がある。エアコンの操作スイッチは、まるで高級オーディオのそれのように質感高いアルミニウム製だ。

フロントシートはやや大柄のバケットタイプである。これについては個人差はあるだろうが、筆者にはやや大きすぎ、またレザーの張りの問題からかホールド性が低く感じた。座っていると身体が滑り、少し疲労を覚えた。借り出したクルマの年式は不明であるが、前期モデルであるため新車から10年以上は経過している。この年月と約5万キロという走行距離によりシートが劣化していたのかもしれないが、この点は気になったところである。

意外なほど乗りやすい

さっそく首都高に上がり、箱根を目指す。平日の午前中ということもあり、言うまでもなく渋滞をしている。今回は知人と2名での試乗のため、私はまずは助手席からのスタートだった。助手席は快適そのもので、発進・停車時に不快なGを感じるようなこともない。1.8トンの獰猛なクーペは、まさに音もなく朝の都心の流れに乗りドライブを続けている。

途中、ドライバーシートを交代し、ついに私もステアリングを握る機会を得た。憧れのクルマ、それも新車価格は2000万円を優に超える超高級車である。当然、緊張を覚えたがそれはすぐに解消された。兎に角乗りやすいのである。最高出力450ps、最大トルク570nmを自然吸気エンジンで発揮し、それを後輪のみで受け止めるクルマであるが故に、発進時に強く踏み込むと簡単にホイールスピンしそうになってしまうが(筆者は日常的にダウンサイジングターボエンジンの車両に乗っており、発進時はそれなりに踏み込む癖がついている)、慣れてしまえばすぐにスムーズに乗りこなせた。

周囲の流れに従うスピード域では、V12エンジンは黒子の如く静かに、ただし忠実に仕事を続ける。ひとたび右足に力を込めれば、どの速度域からでも必要にして十分以上の力を発揮する。

一般的に自然吸気エンジンは低速トルクが不足する傾向にあるが、このクルマは無縁である。6リッターという圧倒的な排気量ゆえに、トルク不足を実感するシーンは試乗中一度もなかった。

ブレーキタッチは、私の経験したいくつかの英国車に通じる、じわじわ効き出し、少しだけ危なげがあるけれども実際にはしっかりと止まるもので、ドイツ車にありがちな、軽く踏むだけで十分以上のパフォーマンスを発揮するものとは趣を異にする。試乗中、ブレーキ性能に不安を感じることはなかった。

DB9の楽しみ方

いよいよワインディングを試すべく、箱根ターンパイクに到着した。

絶対的な車重とボディサイズゆえに、決して曲げて楽しむような走りはしない。しかし、ほどほどのロールを伴って、破綻することなしにクルマは進んでいく。きついRのヘアピンカーブでも、ひと回り分くらいはクルマが小さくなったような実感を伴いながらノーズを進行方向に向けることができる。

しかし、このクルマの本領は、ターンパイクやいろは坂を血眼になって飛ばすことではなく、郊外のレストランに出かけ、その道中において、圧倒的な性能がもたらす芳醇な乗り味を楽しむことにあると感じる。誤解を恐れずに言うならば、DB9の持つ世界観は、「究極の普通」である。それほどにこのクルマは、角のない、ずっと乗っていたも飽きないと思わせる魅力がある。

試乗した個体にはクライスジーク製の可変バルブを伴うエキゾーストシステムが装着されており、バルブを開けると一昔前のフォーミュラカーさながらの爆音を放っていたが、DB9のキャラクターを考えるとそのような演出は蛇足であると感じた。このクルマの有り余る運動性能は、外部に見せつけて威圧するのではなく、オウナーになった人物のみが楽しめればそれで充分である。

ちなみに、東京⇄箱根を往復したルートでの燃費は、約5.5km/Lであった。

まとめ:DB9は「買い」な1台か?

結論から言えば、このクルマは間違いなく「買い」である。

ただし、最新の国産車のように万人に向けて手放しで推奨するというわけではない。先進機能や安心感という観点からは、決して優れたクルマではない。ただ、クルマというプロダクトに関心があり、自ら運転することが好きな方は、1度そのステアリングを握る価値がある1台であろう。電動化が進む中で、自然吸気V12気筒エンジンを搭載するクルマを手にするチャンスはそう多くはないという点においても、完璧ではないが、作り手の情熱を感じることのできる乗り味を楽しめるという点においても。

また、現在の中古車相場が、「底値」と言えそうな状態であることも理由の1つだ。実際、じわじわと相場が上昇傾向にあるため、気になっている方はなるべく早く行動されることをお勧めする。

実際に所有するとなると、やはりメンテナンスに気を遣うことは事実であろう。だがアストン・マーティンの専用テスターを備える工場は数こそ少ないものの存在するし、パーツについても個人輸入などを駆使すれば価格を抑えて入手が可能である。

逆に言えば、この貴重な名車を楽しめるのは今だけかもしれない。興味を持った方は、ぜひそのステアリングを握ってもらいたいと心から思う。

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