ドイツBMW AGは現地時間9月23日、新型「M3セダン」および「M4クーペ」を発表しました。本国でのデリバリーが2021年3月開始とのことで、日本で実車を確認できるのはまだまだ先になりそうです。なんと言ってもそのデザイン、特にフロントグリルの大きさが話題になっている新型M3/M4ですが、今分かっている範囲での解説と、BMWデザインの変遷を踏まえての個人的な雑感をお伝えしていきます。
概要・スペック
BMWのラインナップにおいて中核をなすモデルである3シリーズとそのクーペ版である4シリーズをベースに、BMWの高性能モデルを手掛けているBMW M社が手掛けたモデルがM3/M4です。先代もでるからベース車がセダンおよびツーリング(ワゴン)とグランツーリスモは3シリーズ、クーペおよびグランクーペは4シリーズと名称が変更になりM3/M4となりましたが1985年にE30型と呼ばれる初代が登場して以来、2014年に生産が終了したE90,92,93型まではボディタイプを問わずM3という名称でした。
初代M3から数えて第六世代となる新型M3/M4はそれぞれM3がG80、M4がG82というコードネームを与えられています。搭載されるエンジンは直列6気筒3リッターツインターボで、BMWの量産型に搭載されるB58型エンジンをM社がチューンしたS58型が搭載されます。通常モデルのM3セダン、M4クーペに加え、ハイパフォーマンスモデルである「コンペティション」がそれぞれ設定されます。エンジンパワーについては、通常モデルで最高出力480PS/6250rpmと最大トルク550N・m/2650-6130rpmを発揮し、コンペティションでは最高出力510PS/6250rpmと最大トルク650N・m/2750-5500rpmを誇ります。
トランスミッションは標準モデルは6MTが、コンペティションではドライブロジック付き8速ATとなります。駆動方式は基本的にはRWDですが、コンペティションではM3/M4の歴史の中で初めてのAWDが用意されています。日本仕様でもMTが用意されることを大いに期待したいですね。
正直言って、性能については今更どうこういう余地の無い程に完成された高性能車だと思います。「駆け抜ける歓び」をスローガンに掲げ、走行性能に抜かりのない自信をもつBMWのラインナップの中でも、特に走りに特化したクルマですから。
しかし今回の新型で大いに話題となっているのはそのデザイン、特にあまりにも巨大なフロントグリルでしょう。
賛否両論の新デザイン
改めて新型M3/M4のデザイン、特にフロントグリルについて考えてみましょう。
私もコンセプトモデルが発表された際にはかなり驚きましたし、このように市販モデルの画像を初めてみたときは正直カッコ悪いと思いました。今までのモデルが他社のライバルと比べるとどことなく控えめなデザインで、一見ベースモデルと大差ないように見えるけれども実車はMモデルとしてのオーラを放っている、というイメージだったので今回の非常にアグレッシブなデザインには当初否定的でした。というか、この記事を書き出すときまでそう思っていました。
ですが、この動画を見てその思いは180度変わってしまいました。
どうでしょう、動画で見るとこのグリルも悪くなさそうではないですか?
今回の新型がこのようなデザインを採用した背景について少しばかり考察してみましょう。
BMWデザインの最大の難関 ?キドニーグリルとは
BMWのデザインの最大の特徴でありおそらくデザイナーにとっては最大の難関であろうポイントは、この2つにわかれたグリル、「キドニーグリル」です。キドニーとは「腎臓」を意味し、その形状が似ていることに由来します。
このグリルの歴史は長く、BMW最初の量産車である1933年に登場したBMW 303から継続して採用され、今に至っています。
凡庸からの脱却—新たなデザイン像を模索し続けているBMW—
時代を先に進めて、近現代のBMWデザインについて考えてみましょう。
これは初代3シリーズ(E21,1975年)から歴代のモデルの変遷を示したイラストです。これを見ると、左の4台(E21,E30,E36,E46)の雰囲気がとても似ていることに気づかれないでしょうか。横基調のヘッドライトに並行して配置される小さめのキドニーグリルに、同じく横基調のフロントバンパーモールという基本デザインが継続して採用されています。4代目となるE46は1998年に登場し、2006年まで生産されたモデルです。つまり、約30年にわたりBMWのデザインコンセプトは大きく変わらなかった時期があるのです。
デザインコンセプトを維持し続けることは伝統を守ることでもありますが、逆に言えば先進性を失うことでもあります。この時代最大のライバルであるメルセデス・ベンツやアウディのデザインは大きく変化していました。
そんな背景もあってか、21世紀を目前に控えBMWは大規模なデザイン改革を決行します。クリス・バングルという人物をチーフデザイナーに招き入れたのです。彼の手掛けたBMWは、今までのキープ・コンセプトを逸脱した斬新なモデルばかりです。特に物議を醸したのは2001年に登場した4代目7シリーズ(E65)。
フロントデザインもさることながら、リアビューの処理は今見ても斬新です。過去にも未来にも、フルサイズプレミアムセダンにおいてこれほどにアグレッシブなデザインは生まれないでしょう。
バングル時代の3シリーズであるE90,91,92,93はこれまでの3シリーズの伝統的プロポーションから大きくかけ離れたデザインへと生まれ変わりました。今でこそ、街で頻繁に見かけることもあり見慣れたデザインですが、E90セダンを雑誌で初めて見た当時小学生の私は、これが3シリーズかと非常に驚いた記憶があります。幼ながらに感じていた、セダンらしい古めかしさが全く感じなかったのです。
バングルの手掛けたデザインは、はっきりと賛否両論別れます。しかしながら彼はBMWデザインがただ古いものを手直しして焼き増しするだけになっていた危機を救ったことは確かです。バングルは2009年にBMWを離れますが、以来BMWのデザインは確実に革新を続けています。
キドニーグリル改革
以上のような経緯もあり、近年BMWは常に新たなデザイン像を模索しています。その中で、近年好んで行われているデザイン改革の一つとして、キドニーグリルの表現方法が変わってきています。
従来の多くのBMWモデルでは、キドニーグリルの大きさはヘッドライトと同じくらいのモデルがほとんどでした。そのフォルムについても、「キドニー」の名の通り角の丸い逆台形型のものが採用されていました。しかしながら近年、キドニーグリルの形状が変化してきています。モデルによって表情がかなり異なるのです。
例えば新型Z4(G29)では、ワイドなキドニーグリルがヘッドライトよりかなり低い位置に装着されています。今までのBMWでは、ヘッドライトとグリルはだいたい水平位置にありましたが、Z4のようなスポーティー感をより強調したいモデルではワイド&ローなデザインが施されているのです。
一方で新型7シリーズやX7など、より高級なモデルでは巨大なキドニーグリルを備えたモデルが増えてきています。大きなグリルを装着することで圧倒的な存在感や一目でBMWだとわかるような演出がなされています。
グリルの大型化はBMWに限らずカーデザイン全体のトレンドでもあります。この流行の原因として、中国市場を重要視する傾向が強まったことが挙げられるでしょう。依然として好景気に湧く中国では、高級で、力強く、わかりやすいデザインが好まれます。自動車メーカーとてビジネスをしなければなりません。たくさん買ってくれるところのニーズは積極的に取り入れます。その結果、世界的に巨大グリルがトレンドとなったと見て間違い無いでしょう。
新型M3/M4のグリル大型化の理由
それでは新型M3/M4の巨大グリル採用の背景には、X7や7シリーズといったラグジュアリーモデルと同じ理由でグリルが大型化したのでしょうか?
もちろん、これらのモデルにとってもチャイナマーケットは無視できない存在です。彼らが好むデザイントレンドを採用したという理由ももちろんあるでしょう。
しかし、それ以上に「Mモデルとしてのアイデンティティ強化」という理由があるように思います。
従来のMモデルは、専用エアロパーツやワイドフェンダーといった特徴があるものの、基本的なデザインコンセプトはベースとなるBMWモデルと同じような基調のものでした。
Mモデルがよりスペシャルなモデルであることを明確に示すためにも、このような非常にアグレッシブなエクステリアデザインを採用したのでしょう。
また、近年BMWではMモデルとMスポーツモデルの中間グレードを設定していることもこのようなデザインを採用した背景にあるかと思います。たとえば3シリーズなら、エンジンには手を加えず、足回りや内外装デザインをスポーティーに仕上げた「Mスポーツ」モデル(320i M Sportなど)があり、さらに「BMW MがチューンしたBMW製エンジン」を搭載した「M340i」があり、その上にM3が存在します。従来はM340iに相当するグレードは存在しませんでした。
M3のオーナーとしたら、M340iとの外見での差別化は欲しいところです。逆にM SportモデルのオーナーやM340iのオーナーは、M3の特別感に憧れを持ち、将来的にはMモデルへの乗り換えを検討する可能性もあります。
このような展開になることを見越して、BMWはあえて今回Mモデルにこのようなアグレッシブなデザインを採用したのかもしれません。
とはいえ、今までとは大きくことなるデザインに戸惑いを隠せない人が多くいるであろうことは確実です。特に、一見ただ闇雲にグリルを大型化したかのようなこのデザインであればなおさらです。
しかし、先の動画でもわかりますが実はこのグリル、かなり凝った立体的造形をしているのです。大型とはいえ決してのっぺりとした表情ではありません。特にグリル全体をブラックアウトしていると、いいアクセントになるのではないでしょうか。
これは実車を見ないと何とも言えませんが、走っているときの表情は非常に魅力的とすら思います。
ただ一つ懸念点とすれば日本のナンバープレートが似合うかどうかです。欧州のように横長のプレートでは、ワイド感を強調する一助となりそうですが日本のような横に短く漢字とひらがなの混ざったナンバープレートが雰囲気にマッチするのでしょうか。
何はともあれ実車が見たい
いろいろと言ってきましたが、BMWが常に革新的なデザインを目指していると考えるとこのようなデザインも納得です。誰しも新しいものを受け入れるのには時間がかかります。しかし挑戦的な改革があってこそ、進歩があるのです。
実車を見る機会があったら、改めてそのデザインについて考察をしたいところです。もちろんデザインだけでなく、肝心の走行性能についても堪能してみたいですね。
ということで、この記事をご覧になったBMW Japan関係者の皆様、Kabaoへの車両提供お待ちしています(笑)
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